素敵な出会いをするには ★ その二

 


 図書館で素敵な出会いをするには。

 映画や小説でよく取り上げられる舞台である。知的な雰囲気と、心のときめきが、妙にマッチする。

 男女は三度、同じ書架でばったりと出会う。数学の書架とか、南米文学の書架とか。とは言えその専門にのめり込んでいるのは男の方で、女はそののめり込む彼の姿が気になるがために現れたのだ。男は伸ばし気味の髪に黒ぶち眼鏡、痩せた顔立ちをしていなければいけない。女は赤いタータンチェックのスカートに、体の線のわかる鮮やかに白いタートルネック。文学少女だがちょっと活発な面も持ち合わせた、複雑な性格の持ち主でなければいけない。

 「ねえ」と女が三度目の邂逅で、大胆にも声を掛ける。大胆に声を掛けなければ、図書館にいる人間なんて人づき合いの億劫な連中ばかりだから、素敵な出会いに発展しない。 

 男はまさかこんな場所で自分に声を掛けてくる人がいるなんて夢にも思わないから、本に埋めていた顔をゆっくり持ち上げ、眼鏡の奥の目をしばたたかせる。

 「僕に用?」

 「そう」

 女は小高い胸の前で三冊の大きな本を抱き締め、言葉を探すときの癖で体を揺する。

 「いつもフェルマーに会いに来るのね」

 この決め台詞が大事である。無論これは男が数学の書架で、フェルマー関連の本を読み漁っていた場合。もし彼が南米文学のコーナーで『百年の孤独』を読み耽っていたら、「ガルシア・マルケスが好きなのね」。もし東洋思想のコーナーで『明日からできる座禅入門』を広げていたら、「私も座禅にすごく興味があるの」などなど。

 いずれにせよ、相手の読書趣味を理解し肯定する台詞でなければいけない。しかもこれらの台詞はいずれも、裏のメッセージが込められている。「いつもフェルマーに会いに来るのね」は、「私はあなたに会いに来るけど」。「ガルシア・マルケスが好きなのね」は「私はあなたが好きかも」。「私も座禅にすごく興味あるの」は、「そしてあなたにも、ものすごおく興味があるの」。

 当然ながら、かなりの片思いをした変わり者でなければ、これらの台詞を図書館で口にするまでには至らない。そんな変わり者はなかなかいない。

 そもそも図書館は私語が禁止である。

 図書館で素敵な出会いをするのは、かくも難しい。

 映画や小説じゃないんだから。





homeへ

 
Copyright (c). 2015 overthejigen.com