素敵な出会いをするには ★ その六

 



 宇宙空間で素敵な出会いをするには。


 これはなかなかハードルが高い。まず宇宙飛行士になる訓練に耐えなければならない。ここで多くの人が脱落する。たとえ晴れて宇宙飛行士になっても、何しろ真空では動作がままならず、その上ごわごわした宇宙服や大きいヘルメットを被っているので、キスもろくにできやしない。

 しかしこれでは夢も希望もない。ここは一つ、ハリウッド並みに空想を解き放って、宇宙人に拉致されたケースを考えてみよう。


 男は地球人のサンプルとして、宇宙人に捕えられ、宇宙船の中で目覚める。目の前には女。彼女は宇宙人である。ただしインディペンデンスデイよりは戦艦ヤマトの予想の方が当たったのであり、宇宙人はタコではなくほとんど人に近い姿であった。若干肌が黄緑がかっているし、目が大きいような気がするが、彼女は地球の規格から見てもほれぼれする美人であった。

 女に説明されて、男はようやく納得する。生物の進化の過程は、その進化に耐えうる物質的条件が揃っている限り、どの星でも大差がない。進化の最終段階はどうしても人間的な形態を採ってしまう。肌の色や目の大きさを変えたものは、むしろ歴史や食文化である。女の生まれた星は地球よりも進んでいた。しかし人口増加と自然破壊に伴う深刻な食糧不足に悩むことになり、ついには宇宙船をこしらえ、地球を征服しに来るまでに至った。自分はこの艦の艦長である。ついては地球上の人類を絶滅させてから食料を奪うか、それとも奴隷として自分たちの星に持ち帰るか、サンプルである彼を研究し、最終判断を下すのだと言う。

 男はびっくりする。宇宙船に拉致されるまでは、リストラと離婚を経験し、貧乏で日々飲んだくれ、人類全体に悪態を吐くようなルーザー(負け犬)であったが、地球と人類の危機を知らされるや否や、猛然と人類愛に目覚める。宇宙人である女に対し、まずは腕力に訴えようとするが、もちろん最新機器に阻まれ叶わない。すると今度は、計画を変えるよう必死の説得にかかる。女はもちろん耳を貸さない。しかし男が断食してまでも交渉を諦めず、サンプルとしての延命を約束されても、地球の終わりを見過ごすくらいなら自殺すると豪語するのを見るにつけ、彼女の心が徐々に揺らいでいく。

 こんなに命をかけてでも同胞を守ろうとする男は、自分の生まれた星にもいなかった気がする。地球という惑星に住む人間とは、なんと頭が悪く、なんとあきらめが悪いのか。どうして僅かな望みに身を投げ売ってまで自分の信じる道を貫こうとするのか。この男はなぜ───なぜ、こんなにも、心惹かれるものがあるのか。

 一方で男も、女を極悪非道な人非人と決めつけていたものの、その美貌と、上品で知的な物腰に心を騒がせ続ける。

 ある日、男はハリウッド並みの知恵と幸運を発揮し、二重三重の捕囚状態から逃れ、女を羽交い絞めにし、ナイフで一刺しできる寸前にまでなる。しかし、男の汗ばむ手はどうしてもそこから動かない。人類を滅亡させる、あるいは奴隷にさせることを目論む女なのに、どうしても、その胸にナイフを突き立てることができない。

 ナイフが音を立てて床に落ちる。虚脱し、座り込んだ二人。

 女が床を見つめて小さく笑う。

 「負けたわ」

 男が顔を上げる。

 「あなたからは、まだ私たちの文明が知らなかったものを学んだ気がするわ」

 女は決意したように一人頷くと、男を見つめ返す。

 「わかった。考えてみる。殺戮と征服以外にも、まだ採るべき道はあるかも知れない」

 歓喜のエンディングテーマ曲。

 手と手を取り合う二人。


 ・・・と、こういう素敵な出会いが、宇宙空間には待っているやも知れない、というお話でした。





homeへ

 
Copyright (c). 2015 overthejigen.com